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『自分なんてない』という有吉の言葉を考察する

こんにちは、福岡在住のwebライターおっしー(buraoshima)です。

あなたは、自分ってなんなんだろう

と哲学的な疑問に悩んでいるのではないでしょうか。

自分を大切にするな。もともと、「自分なんてない」と思ってますから。本当に、「自分」なんてあるのかな?ないんじゃないかな

有吉の本の中で見かけた、「自分なんてない」という言葉。
僕の好きな番組「有吉と怒り新党」でも同じことを言っていました。

マツコ:ねぇ、「本当の自分」って何?
有吉:へへへ。僕は昔から「本当の自分」なんてないって言ってる。
マツコ:私もないと思うのよ。たぶん人間ってタマネギみたいにどんどんどんどん皮を剥いてったらたぶん何にもなくなると思うのよ。ポリシーみたいなものなんて。

学生のころ、ビール片手にのんびりとこの番組を眺めていた僕。
本当の自分?タマネギ?本当の自分…?

マツコ:これ、ホントにゾッとする時あるんだよね。仕事なくなったら私、何をやって生きるんだろうって。なんにもない、やりたいことが。逆に知りたいのは、ものすごい自分の将来っていうのをさ、すごい計画を立てて生きてる人たちっているじゃん。ああいう人たちっていうのは、その到達目標に向かって、これをなし得るためにはこれをしなければいけない、これを手に入れるためにはこれをがんばらなきゃいけないって生きてるの?
有吉:そうじゃない?
夏目:そういう方もいらっしゃるでしょうね。

”あなた”という存在は、他者が作り上げたあなた像と、
あなたがこうあるべきという自分像でできています。

”自分”という物質的な要素は、
水:60~70% タンパク質:15~20% 脂肪:13~20% ミネラル:5~6% 糖質:1% その他:6%
以上のものであなたの身体は構成されています。

この記事では、存在という曖昧な観点、また物質的な面から”自分”を探ってみました。

 

みうらじゅんの、「私が」で考えない

「自分探し」をしても、何にもならないのです。そんなことをしているひまがあるのなら、徐々に自分のボンノウを消していき、「自分なくし」をする方が大切です。自分をなくしてはじめて、何かが見つかる

自己主張をしてしまうと、世の中からすぐに「必要がない」「欲しくない」と気づかれてしまう。

みうらじゅんは、流行っていないものを流行らせる天才。
ゆるキャラを流行らせたのも、実はこの人なんですよ。

ゆるキャラを、
「俺が命名したんだぜ?ゆるキャラって名前、いい線いってると思わん?すごいでしょかわいいんだよ広めてよぉおおおお」
なんていっても世間は反応しない。

みうらじゅんという”個”を消し、”ゆるキャラ”を主語にすることで、大衆の中にうまく溶け込んでいく。

自分をなくすことで、自分を認識してもらうという、なんとも高等な技術を実践しているんですね(´-ω-`)

”自分なくし”は共感を得るためのものか

あらゆる人物を自分に憑依させて、自分自身の感覚として「共感」していく

新潟にある「里山十帖」という旅館を経営している、かたや「自遊人」の編集長でもある岩佐十良の言葉。

岩佐十良が雑誌の取材をする際に気をつけていることは、”複数の人の芯となる部分を共有する”というポイント。

寿司を雑誌のトピックとするならば、

  • カウンターの寿司屋に足を運ぶ人
  • チェーン店に行く人
  • 出前を頼む人
これらの人になりきり、寿司が好きな人の共通項は何か?を探っていく。

寿司が好きな人の芯の部分が明確になったら、その芯に対して、情報を発信していく。

結果として、寿司好きな人に向けたブレない雑誌が出来上がる。

みうらじゅんと共通しているのは、
”私が”ではなく、共有すべき”なにか”になりきっていること。

仏教の教えから、”自分なんてない”を考える

仏教の教えに、”空”という言葉がある。

仏教における空(くう)とは、固定的実体、もしくはアートマン(我)のないことや、実体性を欠いていることを意味する。空は時代や学派によっていくつかの概念にまとめられるが、その根本的な部分ではほぼ変わらず、いずれも「縁起を成立せしめるための基礎状態」を指している。

参考:空 (仏教) – Wikipedia

 「空」とは何もないということではなく、この世界は存在はしているのだが、常住不変な世界ではない、常に縁によって移り変わっていく世界である、というような意味である。
常住不変なもの(変化しないもの)は、この世の中に何も存在しない。すべてのものが変化し、移り変わっていく。それがこの世界である。

参考:ブッダへ至る道: 空の思想[大乗仏教(6)]

有吉の言葉は、”空”の考えに近いのだろうか。
分子レベルの話もいいけど、僕はこうゆう時にパッと出てくるイメージがある。

地球は常に新境地を開拓している

僕らが立っているこの空間は、数分前には空気も地面もない宇宙空間。
その空間を地球は移動し続け、僕らは生きている。

いつもと変わらぬ日常のように見えて、僕らは新しい世界をどんどん冒険している。

このように考えると、
あぁ、”今”を生きてるんだなぁ。

そう感じるんです。

”自分”という存在は、他者が作り上げる自分像と、自分が経験した過去によってできている。

”今”を生きるとすれば、”自分”は常に更新され続けていますよね。

一瞬前の”自分”は、”自分”じゃないとすると、”自分なんてない”と言えるのではないでしょうか。

いや、それでも自分はあるよね

名前はあるし、戸籍はあるしで、自分という存在はある。
過去の経歴・キャリアも自分の証。

しかしこれらの”外的な要因”で作られるあなたを”自分”とするのではなく、

あなたを構成するひとつの要素であると考える。

本質は、今ここにいる、この瞬間に生きているあなた自身が、”自分”。

まとめ

有吉の一言から、自分について様々な観点から意見をみてきました。

自分とはなんなんだろう、というあなたの疑問に対する道しるべに少しでもなれたでしょうか。

自分って、考えれば考えるほど難しいですよね。

福岡在住のwebライターおっしー(buraoshima)でした。


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